スラッジは英語で汚泥とかヘドロといった意味ですが、行動経済学ではナッジの逆をさす言葉として使われています。
ナッジの原則はNudge for good(良いナッジ)、すなわち、「選択の自由を保ちながら、望ましい方向に人々の行動を後押しする」ことです。
では、その逆であるスラッジとはどういうことを指すのでしょうか?
大竹(2019)は、スラッジを次のように定義しています。
行動経済学的知見を用いて、人々の行動を自分の私利私欲のために促したり、よりよい行動をさせないようにしたりすること
ここには、2つの意味合いが含まれています。
(1) ナッジの悪用(悪いナッジ(Nudge for Bad)/ダークパターン)
「望ましい」方向ではない方向に誘導すること、つまりナッジする側にとって都合の良い方向に対象者を誘導することを指しています。
(2)行動の阻害
望ましい行動を取ることが「阻害されている」状態を指します。意図的かどうかは問いません。
水道管に汚れが溜まって水がスムーズに流れづらくなっている状態(Dilip 2020)というイメージです。水道を敷設した側は、みんなの家に水が届いていると思っていても、汚泥(スラッジ)がそこかしこに詰まっていたら水の流れが悪くなって届きづらくなりますよね。スラッジを取り除くと水はスムーズに届けられます。つまり、政策効果を高めるためには、阻害要因を少しでも取り除くことが重要ということを指しています。
こちらは、意図せずともスラッジ状態になっている可能性があることに自覚的になることが重要です。ナッジする方向が合っていたとしても、スラッジになっている状態ということがあり得ます。既存の行政手続きは、スラッジだらけという指摘もあります(Sunstein 2020)。それは日本だけでなく他の国でも同様で、それゆえナッジの提唱者の一人であるキャス・サンスティーン教授は「スラッジチェック」(Sludge Audit)を勧めています。この場合、「スラッジの改善=ナッジの実践」と言えます。
まとめです。
実務上重要なスラッジ対策は、次の2点です。
(1)悪用していないか?
ナッジする「方向」についてよく検討し、望まない人が簡単にオプトアウト(退出)できるようにするなど、選択の自由を尊重した設計とすること
(2)行動を妨げていないか?
たとえ意図的でなかったとしても、対象者の行動を阻害していないかどうか、行動プロセスやフローをユーザ側の視点からチェックし、改善していくこと
今回は、複数の意味合いを持つ「スラッジ」について、実務的な観点から整理してみました。
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